- 著者:ロバート・B・チャルディーニ
- 翻訳者:社会行動研究会
- 出版社:誠信書房
- 作品刊行日:1984年
- 出版年月日:2014年07月10日
- ページ数:492
- ISBN-10:4414304229
影響力の武器というロバート・B・チャルディーニの本は、僕の人生に大きな影響を与えた一冊です。と言うのも、大学生の時に沢山の人に騙され、詐欺にあい、人間不信に陥っていた僕がこの本を読んでから、人に騙されにくくなったのです。
それだけでなく、無謀にも大学生の時に起業して、上手くいったのはこの本のおかげと言っても過言ではないでしょう。
こう言っては聞こえは悪いかもしれませんが、人から騙されなくなる方法を学ぶことは、人を騙す方法を学ぶこととほぼ同じです。人を騙す人たちは、ある共通点を持っています。それは影響力の武器を持っていることです。
それはまさに柔道のように、自分は大した力を発揮せずとも、相手の力を利用し大きな影響力を与える武器なのです。
その武器の力により、若かりし僕は騙され続けてきたわけですが、この本を何度も読み返すことでその武器を自由に扱えるようになりました。
…ま、こんな話をすると、じゃあお前は詐欺師なのか!?という話になってしまいますが、そうではありません。
つまりこういう事です。なぜ買おうと思っていなかった商品を買ってしまったのかを知ることが出来れば、買おうかどうか迷っていて、躊躇しているお客さんに商品を売ることも出来るのです。
「いい商品があるのに、なぜ売れないんだろう」そう悩む人は少なくないでしょう。
そんな悩みも、この本を読むことで解決出来てしまうのです。では、なぜ今になってその本をレビューしようと思ったのかと言えば、僕が大学生の時に読んでいた本は『第二版』でして、最近調べてみると第三版が出版されていたんですよね。
「第二版と第三版って何が違うんだろう。“楽しく読めるマンガを追加し、参考事例も大幅に増量”と書いてあるし、だいぶ改変されたのではなかろうか」
そう疑問に思いましたし、人生に大きな影響を与えたにも関わらずこのサイトにレビューも書いていなかったので、久しぶりにもう一度読み返そうと、第二版を2冊持っているにも関わらず第三版を手に入れました。
まぁ、この本って結構値段が張るんですけどね。もう一冊買っても良いかと思える数少ない本なので。(第二版を2冊持っているのは読書用と保存用!)
しかし、読み終えてみると、内容説明に書いてあった言葉ほどではなかったのです…。
ということで、騙されやすいあなたが『影響力の武器』を読もうと思った時に“損をしない”ように、第二版と第三版の違いに触れながらレビューしていきたいと思います。
スポンサードリンク
書籍『影響力の武器』 – ロバート・B・チャルディーニ・要約
読書エフスキー3世 -影響力の武器篇-
あらすじ
書生は困っていた。「あれ?なんか返さないといけない気持ちになってきた…。返報性の原理か!」と仕事中に寝言を言ったせいで、独り、無料読書案内所の管理を任されてしまったのだ。すべての本を読むには彼の人生はあまりに短すぎた。『影響力の武器』のおすすめや解説をお願いされ、あたふたする書生。そんな彼の元に22世紀からやってきたという文豪型レビューロボ・読書エフスキー3世が現れたのだが…
影響力の武器 -内容紹介-
この際、正直に打ち明けてしまうことにします。私はこれまで、じつにだまされやすい人間でした。物心がついた頃からずっと、販売員や募金活動員、その他さまざまな説得上手な人に丸め込まれてきました。ええ、確かに、そうした人たちのなかで卑劣な意図をもっていたのは、ほんの一握りに過ぎず、それ以外の人たち――たとえば、慈善団体の代表者など――に、邪な動機などありませんでした。でも問題はそこではありません。そうした人たちと話した後、いつも私は読みたくもない雑誌を購読することになっていたり、行きたくもないダンスパーティのチケットを買わされていたりしたのです。
引用:『影響力の武器』ロバート・B・チャルディーニ著, 社会行動研究会翻訳(誠信書房)
影響力の武器 -解説-
この約三年にわたる参与観察で私はさまざまなことを学びましたが、特に有益だったことが一つあります。それは、その道のプロたちが相手にイエスと言わせるために使う戦術は数限りなくあっても、その大部分は六つの基本的なカテゴリーに分類できるということです。それぞれのカテゴリーを支配するのは、人間の行動をつかさどる基本的な心理学の原理であり、この原理が、用いられる戦術の力となっています。本書ではこの六つの原理――返報性、一貫性、社会的証明、好意、権威、希少性――を取りあげていきます。
PP.vii-viii
引用:『影響力の武器』ロバート・B・チャルディーニ著, 社会行動研究会翻訳(誠信書房)
第1章 影響力の武器
ある日のこと、私のところに女性の友人から電話がかかってきました。彼女はアリゾナにインディアン・ジュエリーの店を開いたばかりで、そこでとても不思議な出来事があり、心理学者の私なら、それをうまく説明できるのではないかと思って電話をかけてきたのだと言います。話というのは、彼女の店でなかなか売れずに困っていたターコイズ(トルコ石)についてでした。当時は観光シーズン真っ盛りで、店はお客さんで溢れていたそうです。しかし、そのターコイズは値段の割には質の高いものだったのに、なぜか売れませんでした。なんとかこの宝石を買ってもらおうと、彼女はいくつかの正攻法を試しました。まず石を陳列ケースの目立つところに移して客の注意を引こうとしましたが、駄目でした。次に売り場の店員に、その品をもっと積極的に客にすすめるようにも言いましたが、やはり結果は同じでした。
いい加減頭にきた彼女は、「この陳列ケースの品は、全部価格を1/2にしておいて!」という殴り書きのメモを売り場の主任に残し、買い付けの出張に出かけてしまったのでした。損をしてもいいから、とにかくその商品を始末してしまいたかったのだそうです。なので、数日して店に戻ってきたとき、陳列ケースの商品がすべて売れていたのを見ても、彼女は特に驚きませんでした。しかしその後、驚くべき事実を知ることになります。メモを受け取った主任は、殴り書きされた「1/2」を「2」と読み間違えていたため、なんと商品の値段を最初の二倍の価格にして売り出したのでした。それなのに宝石はすべて売れていたのです!P.3
第2章 返報性――昔からある「ギブ・アンド・テイク」だが……
数年前、ある大学教授がちょっとした実験を行いました。クリスマスカードを、まったく知らない人びとに送ってみたのです。その教授は、多少は反応があるだろうと思ってはいましたが、自分のもとにクリスマスカードの返事が山のように来たのには驚いてしまいました。カードを受け取った人たちは、ほとんどの場合、会ったことも名前も聞いたこともない、その大学教授が何者なのか調べもしませんでした。クリスマスカードを受け取った(カチッ)だから自動的に返事のカードを出した(サー)のです。
P.35
第3章 コミットメントと一貫性――心に住む小鬼
二人のカナダ人の心理学者が、競馬場にいる人びとについて興味ある事実を見出しました。彼らは自分が賭けた馬の勝つ可能性について、馬券を買う直前よりも、買った直後の方が、勝率を高く見積もっていたのです。もちろん、その馬が勝つ可能性は現実にはまったく変わっていません。競馬場も、コースも、馬も同じです。しかし、ひとたび馬券を買ってしまうと、購入者の心のなかでは勝つ見込みが明らかに高まったのでした。これは一見奇妙な現象に見えるかもしれませんが、この劇的な変化は多くの人がよく知っている影響力の武器と関係があります。ほかの影響力の武器と同様、この武器は私たちの心の奥深くに根付き、静かな力によって私たちを動かしています。ひと言で言えば、それは自分がすでにしてしまったことと一貫していたい(そして、一貫していると他者から見てもらいたい)という欲求です。ひとたび決定を下したり、ある立場を取る(コミットする)と、自分の内からも外からも、そのコミットメントと一貫した行動をとるように圧力がかかります。そのような圧力によって、私たちは自分の決断を正当化しながら行動するようになります。そして自分が正しい選択をしたと自分に言い聞かせるだけで、本当に、自分の決定に対する満足度が上がるのです。
P.99
第4章 社会的証明――真実は私たちに
テレビ番組で演出として使われる、録音された笑い声が好きだと言う人に、私は会ったことがありません。実際、先日も研究室にやってきた人たち(学生数人、電話修理工二人、大学教授多数、それに建物の管理人)に聞いてみましたが、誰もが批判的でした。あの笑い声を絶え間なく流し続け、わざとらしく場を盛りあげているテレビに特に批判が集中しました。私が尋ねた人たちは皆、あの笑い声が大嫌いでした。馬鹿馬鹿しく、インチキで、見えすいたやり方だと言っていました。それほど多くの人に聞いたわけではなかったのですが、この結果は、ほとんどのアメリカ人が、あの笑い声に対して不快感をもっていることをよく反映していると思います。
それなのになぜ、テレビ番組の製作者たちは、あの笑い声をこれほど頻繁に使うのでしょうか。彼らは、大衆の欲求を満たすやり方を知っているからこそ、高い地位と高給を得ています。しかし彼らは、大衆がいやがっても、才能豊かな芸能人の多くが使用に反対しても、あの笑い声をひたすら使い続けています。高名なディレクター、脚本家、役者から、自分の参加するテレビの企画では、あの笑い声を使わないでほしいという要求が出るのも珍しい話ではありません。こうした要求もごくまれには通りますが、その場合も必ず一悶着起きます。
なぜ、テレビ番組の製作者たちは、あの笑い声がそんなに好きなのでしょうか。どうしてこれらの抜け目なく有能な人たちは、潜在的な視聴者が不愉快に感じ、多くの創造性豊かなタレントが屈辱的だと思っているのに、このやり方を守り続けているのでしょうか。答えは、単純かつ興味深いものです。彼らは学術研究で得られた知見を知っているのです。数々の実験結果から、笑い所であの笑い声を使うと、観客の笑う回数が増え、笑っている時間も長くなること、また、観客はそのネタをより面白く感じることがわかっています。さらに、ジョークがつまらないときにこそ、あの笑い声が効果的であることを示す証拠もあります。PP.187-188
第5章 好意――優しそうな顔をした泥棒
一般的に言って、私たちが最も頼み事を聞いてあげたいと思うのは、相手をよく知っていて、しかもその人に好意をもっている場合です。このことは別段驚くにあたらないでしょう。しかし私たちのまったく知らない人たちまでが、この単純なルールをいろいろなやり方で使って私たちから承諾を引き出していると聞けば、驚くに違いありません。
私が知っている限りでは、好意のルールを最もはっきりした形で商売に利用している例は、タッパウェア・パーティです。私はこれこそ承諾誘導の古典的な舞台装置だと思います。タッパウェア・パーティの仕組みをよく知っている人なら誰でも、これまでに考察してきた影響力の武器の多くがそこで使われていることに気づくでしょう。・返報性 最初にゲームが行われ、それに勝った参加者は景品を獲得します。駄目だった人も福袋から品物を一つ選ぶことができます。つまり、販売が始まる前に全員がプレゼントを受け取っているのです。
・コミットメント 参加者はこれまでタッパーウェアを使った経験から、その便利な点や新しい使い方を皆の前で話すように言われます。
・社会的証明 購入者は販売が始まると、自分と似たような人々がこの品物を欲しがっているのだから、これはよいものに違いないと考えるようになります。ことがうまく進むように、すべての影響力の武器がここには用意されています。しかし、タッパウェア・パーティの本当の力の源は、好意のルールを利用したお膳立てにあります。タッパーウェアの販売員の語り口がどんなに面白くて説得力に富んでいたとしても、品物を買ってくださいという一番大事なお願いをするのは、見ず知らずの販売員ではなく、その部屋にいる人たちの友人です。販売員が参加者に対して購入のお願いをすることはあるかもしれませんが、心理的に購入を強制しているのは、隅の方に座ってお喋りをしながら参加者たちに飲み物を勧めている人物なのです。その人はこの集まりの主催者であり、自分の家での実演販売会に友人を呼び集め、そして当然のことですが、その売上から利益を得ています。
簡単に言えば、タッパーウェア・ホームパーティ社は、売上の何%かをタッパウェア・パーティ主催者に払うことによって、消費者に見ず知らずの販売員からではなく友人から品物を買ったのであり、それが友人のためでもあるのだと思わせるお膳立てを整えています。そうすることによって、友情の魅力、温かさ、安心感、そして義務感が販売の場面で生じるように仕向けるのです。PP.269-270
第6章 権威――導かれる服従
あなたが地方紙をパラパラとめくっているとしましょう。すると、近くの大学の心理学研究室で「記憶の実験」ヘの参加者(被験者)を募集している広告が目にとまります。読んでみると面白そうなので、研究責任者のスタンレー・ミルグラム教授に連絡し、一時間ほどかかる実験への参加を申込みます。研究室に着くと、あなたは二人の男性に会います。一人は実験を担当している研究者です。彼はグレーの実験服を着ており、筆記板を手にしているので、すぐにそうとわかります。もう一人はあなたと同じ実験参加者で、あらゆる面で平均的な格好をしています。
挨拶をして、ちょっとした会話を交わした後、研究者が実験の説明に入ります。「この実験は、罰が学習と記憶に及ぼす影響を明らかにするために行います。参加者の一人には、対になった単語で構成された長いリストを暗唱できるまで覚えてもらいます。この人は〈学習者〉と呼ばれます。もう一人の参加者は、〈教師〉と呼ばれ、〈学習者〉の記憶をテストし、〈学習者〉が間違えたときには、罰として電気ショックを与えます。電気ショックは学習者が間違える度に、少しずつ強くしていきます」。
当然、こうした説明にあなたはちょっと心配になります。もう一人の人と一緒にくじを引いた結果、あなたが「学習者」を担当することになり、不安はさらに高まります。研究に参加して痛い思いをすることになるとは、予想していなかったので、辞退しようかという考えが頭をよぎります。しかしすぐに、こう思いなおします。やめるのはいつでもできるのだし、それにその電気ショックがどれほど強いのかもわからないじゃないか。
対にされた単語のリストを覚える時間を与えられた後、研究者があなたを椅子に固定し、腕に電極を取り付けます。「教師」もそれを手伝います。電気ショックについて先ほどよりも心配になってきたので、それがどのくらい強いものか尋ねてみます。研究者の答えは安心できるものではありません。「強い痛みを感じるかもしれませんが、身体に”跡が残る”ほどではありません」。そう言って、研究者と「教師」はあなたを一人残して隣室へ移ります。「教師」はそこからインターホンを通じてあなた問題を出し、あなたの答えが間違う度に電気ショックを与えます。
テストが始まってすぐ、あなたは「教師」の進める手順を理解します。「教師」は問題を出し、インターホン越しにあなたの答えを待ちます。あなたが間違えると、与える電気ショックの強さを知らせ、電気ショック・レバーを引きます。困ったことに、電圧の強さは、あなたが間違うたび、十五ボルトずつ上がっていきます。
はじめのうち、テストは順調に進んでいきます。ショックは不快ですが、耐えられないほど強くはありません。しかし、誤答数が増えていくにつれて、電圧は上昇し、そのせいでテストに集中できなくなってきます。そうなると、さらに誤答が増え、より強いショックを与えられることになります。電圧が七十五ボルト、九十ボルト、ついに百五ボルトにまで達し、痛みのために思わず声が出ます。百二十ボルトのショックを受けたとき、あなたはインターホンに向かって、ショックが冗談抜きできつくなってきたと言います。もう一段階強いショックを受けて、うめき声を上げ、もうこれ以上の苦痛には耐えられないと判断します。「教師」から百五十ボルトのショックを与えられた後、あなたはインターホンに向かって叫びます。「もうたくさんだ。ここから出してくれ。お願いだから出してくれ!」
「教師」と研究者があなたを解放しに来てくれるだろうという期待に反して、「教師」は淡々と次の問題に移ります。それに驚き、困惑して、あなたは最初に浮かんだ答えをもぞもぞと口にします。もちろんこれも間違いで、「教師」は百六十五ボルトのショックを与えます。あなたは実験を中止して部屋から出してくれるよう、「教師」に向かって叫びます。しかし、彼はさらに次の問題を出すだけです。そして、あなたが怒りを込めて答えた解答も間違っているので、彼は切り裂くような痛みのあるショックをあなたに与えます。もはやこんな状態に我慢できません。ショックは非常に強く、のたうち回って金切り声を上げてしまうほどです。あなたは壁を蹴り、解放してくれと要求します。「教師」に助けてくれと頼みます。しかし、今までと変わらずテストは続き、恐ろしいショックが与えられます。百九十五ボルト、二百十ボルト、二百二十五ボルト、二百四十ボルト、二百五十五ボルト、二百七十ボルト、二百八十五ボルト、そして三百ボルト。あなたはもう問題に正しく答えるのは無理だと判断し、これ以上は解答しないと「教師」に叫びます。しかし、状況は何一つ変わりません。「教師」は、答えないことも間違いだと判断して、もう一段階強いショックを与えます。苦しい体験はいつまでも続き、ついには気絶してしまいそうな状態になります。もはや叫ぶことも、もがくこともできません。恐ろし良い電気ショックをただ受け続けるだけです。おそらく、何も反応しなければ、「教師」だって実験をやめるだろうと、あなたは思います。実験を続ける理由は何もないのだからと。しかし、「教師」は執拗に出題し続け、忌まわしい電気ショックの電圧レベルを告げ(今や四百ボルトを超えています)、レバーを引きます。こいつはどういう人間なんだろう。あなたは混乱した頭のなかで疑問に思います。なぜ、私を助けてくれないのだろう。なぜ、実験をやめてくれないのだろう。PP.331-334
第7章 希少性――わずかなものについての法則
アリゾナ州メサ市は、私が住んでいる州都フェニックスの郊外にあります。おそらくメサの最もきわだった特徴は、世界第一位のソルトレークシティに次いでモルモン教徒の数が多いことと、街の中心部の手入れの行き届いた場所に巨大なモルモン教会堂があることでしょう。私は遠くからその景観や建物を眺めて感心してはいましたが、教会堂のなかに入ってみたいと思うほどの興味は持っていませんでした。さて、ある日のことです。私は新聞で教会内部に信者以外立入禁止の特別区域があるという記事を読みました。改宗する可能性がある人ですら見学は許されていません。ただ、規則には一つ例外がありました。教会堂が新築された直後の数日間は、信者でなくても、普段は立入禁止の区域も含め内部全体を見てまわることが許されるのです。
P.377
第8章 てっとり早い影響力――自動化された時代の原始的な承諾
一九六〇年代、ジョー・パインという人物が司会を務める、かなり変わったトーク番組が、カリフォルニアで制作され全米各地で放映されていました。この番組の独自性は、ゲスト――その多くは、出たがり屋のエンターテイナー、有名人志望者、主流から外れた政治組織や社会組織の代表者などでした――に対する、司会者パインの挑戦的かつ辛辣な態度にありました。相手の気持ちを逆なでするようなパインのやり方は、ゲストを論争に引き込み、動揺させて本音を吐かせ、たいていの場合は彼らを愚かな人間に見せようとするところに目的があったのです。ゲストを紹介して何秒もたたないうちに、その人の考え方や才能、容姿を攻撃しはじめることも珍しくありませんでした。パインがこうした意地の悪いやり方を使うのは、片足を失って厭世の境地にあるからではないか、と言う人もいました。いや、そうではなくて、ただ根っからの毒舌家なのだ、と言う人もいました。
P.433
「何が人を動かすのか」に関する心理学的知識は、両刃の剣である。影響を与える側に立てば、(もちろん、望ましい目標を達成するために使うこともできるが)自らの利益だけのために「悪用」することもできるし、影響を受ける側に立てば、自分が望まない決定をしないためにこれを役立てることもできる。高い倫理性に基づいて、こうした知識を活用する能力――インフルエンス・リテラシーとでも呼べる――を持つことは、これからの私たちにとって必要なことかもしれない。そうした智恵を育むためのテキストとしても、本書は格好のものであろう。
PP.448-449
引用:『影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのか』ロバート・B・チャルディーニ著, 社会行動研究会訳(誠信書房)
批評を終えて
いつもより少しだけ自信を持って『影響力の武器』の読書案内をしている書生。彼のポケットには「読書エフスキーより」と書かれたカセットテープが入っていたのでした。果たして文豪型レビューロボ読書エフスキー3世は本当にいたのか。そもそも未来のロボが、なぜカセットテープというレトロなものを…。
名言や気に入った表現の引用
よく知られた人間行動の原理の一つに、理由を添えると頼み事が成功しやすくなる、というのがあります。人間というのは、自分がすることに対して理由を欲しがるものです。
P.8
私たちの住む社会には、権威がありそうな人の言うことや指示を盲目的に受け入れてしまうという、すこし不安な傾向があります。つまり、専門家の発言をよく吟味した上で同意したり同意しなかったりするのではなく、「専門家という肩書き」があるというだけで、発言の内容など問題にせず、ただただ納得して同意してしまうことが多いのです。
P.14
重要な問題を前にした場合には、利用できる情報のうち信号刺激となる特徴だけを見て反応するという楽な方法の誘惑に乗ろうとはしないのです。
P.15
注意すべきなのは、私たちが、自分では重要な問題について熟慮せずに判断することが多い一方で、自分にアドバイスをくれる人たち――医師、会計士、弁護士、投資アドバイザー――には、熟慮の上の判断を望んでいるという事だ。私たちは複雑で重要な選択を前に立ちすくんだとき、自分ではできないのに、考え抜かれた末の詳細な分析を求めるのだ。皮肉なことに、そうした分析は私たちが近道をとること、つまり専門家に頼ることによって初めて可能になる。
P.17
生存競争の世界では、最も原始的な病原体に至るまで、ほとんどすべての生命体に、偽物が存在します。賢いバクテリアやウイルスは、有益なホルモンや栄養素の重要な特徴を身につけることで、健康な宿主細胞に入る資格を獲得します。その結果、その健康な細胞は、狂犬病や単核細胞白血病、感冒を発症させる原因を喜び勇んで取り込んでしまうのです。残念なことですが、人間世界のジャングルにもこれと似たようなことが起こります。私たちの自動的反応を引き出す信号刺激をまねて利益を得る者がいるのです。
P.19
人間の知覚にはコントラストの原理というものが働いており、順番に提示されるものの差異を私たちがどのように認めるかに影響を与えます。簡単に言うと、私たちには、二番目に提示されるものが最初に提示されるものとかなり異なっている場合、それが実際以上に最初のものと異なっていると考えてしまう傾向があるのです。
P.22
セールスマンがもっと多くの利益を上げようと思うなら、高価な品を先に見せるべきです。そうしないと、コントラストの原理の影響力を利用できないばかりでなく、その原理のせいで商売がやりにくくなってしまいます。安い商品を最初に見せて次に高い商品を出すと、客はそれを一層高価に感じてしまうのです。
P.24
もしある女性が私たちに親切をしてくれたなら、お返しに何らかの親切を返さなくてはいけません。ある男性が自分の誕生日のプレゼントをくれたら、今度はその人の誕生日を覚えておいてプレゼントをすべきです。ある夫婦がパーティに招待してくれたら、自分たちがパーティを計画したときには、お返しに彼らを招待してあげる必要があります。この返報性のルールがあるために、親切や贈り物、招待などを受けると、そうした恩恵を与えてくれた人に対して将来お返しをせずにはいられない気持ちになるのです。恩恵を受けると何か借りができたような気分になるのは、普遍的な現象です。英語のほか、さまざまな言語で「恩に着ます」という表現が「ありがとうございます」という表現の同意語になっています(たとえばポルトガル語の「obrigado」がそうです)。恩義の感情が未来に及ぶことは日本語の「ありがとう」を表すフレーズ、「すみません」によく現れています。「すみません」というのは文字通りに読むと、「これでは終わりません」という意味になります。
PP.35-36
著名な考古学者リチャード・リーキーは、私たちを人間たらしめているものの神髄は返報性のシステムであると述べています。彼の主張によれば、私たちが今日人間的でありうるのは、私たちの先祖が食料や技能を「名誉ある恩義のネットワークの下で」共有してきたからなのです。文化人類学者たちはこの「恩義が織りなす織物」を人類特有の適応メカニズムとみなしており、これによって人びとの労働が分担され、多種多様の物やサービスが交換され、個々人を高度に能率的な集団へとまとめあげる相互依存性が生み出されると述べています。
P.36
返報性のルールにより、私たちが行動という形で撒いた種は、その味が甘くても苦くても、必ず私たちのところに戻ってくるのです。
PP.40-41
他人から取るだけ取って、そのお返しをしようとしない人びとに対しては多くの人が嫌悪の念を感じますから、私たちは、他人から「たかり屋」とか「恩知らず」とか「借金を踏み倒した」とか言われないように一生懸命努力します。しかし、そうした努力をする過程で、私たちはしばしば、恩義を感じさせることによって一儲け企む相手にまんまと「だまされて」しまうことがあるのです。
P.41
他人との社会的な関わり合いにおける「ギブ・アンド・テイク」の原則は、子どもにも十分に理解されているようです。小学五年生を教えるある先生が、手紙にこんなことを書いてきてくれました。生徒に過去・現在・未来時制についてテストを行ったとき、「私は与える(I give)の未来形は?」という設問に、ある元気のいい男の子はこう答えたそうです。「私はもらう(I take)」。この子は文章のルールについては間違えたかもしれませんが、より大きな社会のルールは的確に把握していたと言えるでしょう。
P.48
無料試供品を配布する販売促進員は、相手の力を利用して敵を倒す柔道家と同じです。製品の存在を知ってもらいたいだけというような振りをしつつ、贈り物につきものの報恩の義務の力を起動させているのです。
P.52
おそらくジョーンズ師の間違いはダイアンに聖書を教え過ぎたことでしょう。特に「出エジプト記」二十三章八節を――「あなたは賄賂を受け取ってはならない。賄賂は、目のあいている者の目を見えなくし、正しい人の言い分をゆがめるからである」
P.56
奇妙な話ですが、「拒否したら譲歩」法を使うと、相手はこちらの要求を飲むばかりか、実際にそれを実行し、さらなる要求にも嫌がらずに応じようと考えるのです。
P.81
返報性のルールを使って私たちを丸め込もうとする者に対する最善の防衛法は、他者の最初の申し出を杓子定規に拒否してしまうことではない。むしろ最初の親切や譲歩は誠意をもって受け入れ、後で計略だとわかった時点で、それを計略だと再定義できるようにしておくことである。再定義が成功すれば、受けた親切や譲歩のお返しをしなければという気持ちにはならないのである。
P.92
私たちは皆、自分のこれまでの行為や決定と一貫した思考や信念をもち続けたいと思うあまり、ときには自分をだますことさえあります。
P.98
一貫していたい(一貫していると見てもらいたい)という欲求のせいで、しばしば私たちは自分の利益と明らかに反した行動をしてしまいます。
P.99
一貫性を保つことが最善となる場合があまりにも多いので、私たちはそうするのが賢明でない状況にあってさえ、慣れ親しんだ習慣から自動的に一貫性を保とうとしがちです。考えなしにそうしてしまうと、そのせいで悲惨な状況を招いてしまう場合があります。にもかかわらず、盲目的な一貫性にさえ得難い魅力があるのです。
P.101
すべてのコミットメントが自己イメージに影響を及ぼすわけではありません。コミットメントが効果的に影響を及ぼすためには、いくつかの条件がそろっていなければなりません。行動を含むこと、公表されること、努力を要すること、自分の意志で選ぶこと、です。
P.124
人の本当の感情や信念は、言葉よりも行動によく表われます。他者がとのような人なのかを判断するときには、その人の行動をよく見るものです。そして、人は、自分自身がどのような人間かを判断するときにも、同じ証拠――自分自身の行動――を使って判断しているということが、研究によってわかってきました。自分の信念や価値や態度について主な情報源は自分の行動なのです。
P.125
人には、書かれた意見は書いた人の本心を反映しているとみなす生来の傾向があります。この傾向の驚くべき点は、文章の作者が自由に意見を書いたわけではないと知っていても、やはりそう考え続けるというところです。
P.127
人は自分が外部からの圧力なしに、ある行為をする選択を行ったと考えるときに、その行為の責任が自分にあると認めるようになります。
P.150
子どもに何かを本心からやらせようと思うなら、決して魅力的なごほうびで釣ったり、強く脅してはいけないということが言えるでしょう。そのような圧力によって、親の言うことを聞かせるのも、一時的にならできるでしょう。しかし、もしそれだけにとどまらず、子どもに自分の行動の正しさを信じさせたいなら、また、もし親が外部からの圧力をかけられないときにも、子どもにその望ましい行動をとり続けてほしいなら、どうにかして、親のさせたい行動に対して、子ども自身が責任を感じるように、お膳立てをしなくてはなりません。
P.151
重要なのは、望ましい行動をとらせるのと同時に、その行動を、自分が進んでとったのだと子どもに感じさせられるような理由を用いることです。ですから、外からの圧力を含んでいると悟られにくい理由ほど効果的なのです。
P.155
承諾先取り法にはさまざまな種類がありますが、基本的な手口はどれも同じです。まず相手にとって有利な条件を提示し、喜んで買うという決定を誘い出します。そして、決定がなされてから契約が完了するまでのあいだに、もともとあった有利な購買条件を巧みに取り除くのです。そのような状況で、客が車を購入するとはまず考えられないように思えます。しかし、これが上手くいくのです。もちろん、誰にでもというわけではありませんが、十分な効果を上げているからこそ、多くの自動車販売店で必須テクニックとなっているのです。
P.159
おかしいかどうかを他人の笑い声から判断することが愚かだというわけではありません。それは、十分に根拠のある社会的証明の原理にかなったやり方です。愚かなのは、偽物であるとわかっている笑い声にも同じように反応してしまうことです。どういうわけか、ユーモアに含まれる多くの特徴から、たった一つの要素――音――だけが切り離されて、それがユーモアの本質であるかのように機能してしまうのです。
P.190
どんな考えでも、それを正しいと思う人が多ければ多いほど、人はその考えを正しいと見ることになる。
P.208
本書で扱う影響力の武器はどれも、ある条件がいくつか加わると、一層効果的に機能します。もし、こうした武器から身を守りたいなら、それがうまく機能する最適の条件を知ることが重要となります。そうすれば、どのようなときに自分が最も影響を受けやすいかを理解できるからです。
P.208
自分自身に確信がもてないとき、状況の意味が不明確あるいは曖昧なとき、そして不確かさが蔓延しているときに、私たちは他者の行動を正しいものと期待し、またそれを受け入れるようです。
P.209
肝心な点は、人が集団になると援助をしなくなるのは、彼らが不親切だからではなく、確信が持てないからなのだと、ちゃんと理解することです。人が救いの手を伸ばさないのは、緊急事態が本当に起こっているのか、行動する責任が自分にあるのかどうか、確信がもてないからです。緊急事態だとはっきりしている状況で、手を貸さなくてはいけないと確信すれば、人は直ちに反応するものなのです!
P.221
私たちは他の人の行動から、自分にとっての適切な行動を決定しますが、そうした傾向がとりわけ強まるのは、その「他の人」が自分と似ている場合なのです。
PP.226-227
広く報道された自殺は、類似した他者――人の真似をする人たち――の模倣自殺を誘発します。これは広く報じられた大量殺人事件にも当てはまると思います。自殺報道の場合と同様、メディア関係者は、殺人事件の派手な報道が、さらに類似の事件を引き起こす可能性を真剣に考える必要があります。そうした報道は、ただ人びとを釘付けにし、興奮させ、報ずる価値があるというだけではありません。同時に、極めて有害でもあるのです。
PP.242-243
ジョーンズタウンでの出来事を分析しようとした多くの試みは、ジム・ジョーンズの個人的資質に注目しすぎていたと思います。もちろん彼はまれに見る精力的な人物でしたが、彼の発した力は、並外れた個人の資質よりもむしろ、基本的な心理学の原理を理解していることに由来していると、私は考えています。リーダーとしてみた場合、彼が本当に優れていた点は、一個人のリーダーシップの限界を知っていたところです。いかなるリーダーでも一人の力だけで、集団のメンバー全員を常に従わせることはできません。しかし、強力なリーダーであれば、集団のかなりの割合の人を従わせることが可能です。そして、集団のかなりの数のメンバーが納得したという生の情報が、それ自体、ほかのメンバーを納得させるのです。したがって、最も影響力のあるリーダーというのは、集団の状況をどう整えれば、社会的証明の原理が自分に有利に働くようになるかを知っている人なのです。
P.248
社会的証明の原理の稚拙な悪用法は、最も由緒ある芸術形態の一つ、グランドオペラの歴史のうちにも見ることができます。これはサクラと呼ばれるもので、パリのオペラハウスの常連ソートンとポーシェが一八二〇年代に始めたと言われています。二人は、単なるオペラの常連というばかりではなくビジネスマンでもあり、その商品は「拍手喝采」でした。
P.251
ハロー効果というのは、ある人が望ましい特徴を一つもっていることによって、その人に対する他者の見方が大きく影響を受けることを言います。身体的魅力がしばしばそのような効果をもたらすことは、今や多くの証拠から明らかになっています。
これまでの研究によると、私たちには、外見のいい人は才能、親切心、誠実さ、知性といった望ましい特徴をもっていると自動的に考えてしまう傾向があります(これらを示す証拠については、ラングロワらのレビュー論文を参照)。さらに言えば、私たちは判断を下すとき、身体的魅力が果たしている役割を意識していません。P.276
私たちは自分に似ている人を好みます。この事実は、意見や性格特性、経歴、ライフスタイルなど、どのような領域の類似性においても当てはまるようです。したがって、私たちから好意を獲得し、言うことを聞かせようとする人は、さまざまな方法で私たちと似ているように見せかけ、その目的を達することができます。
P.280
わずかな類似性でさえ他者に対する望ましい反応を作り出すのに効果があり、見せかけの類似性は簡単にでっちあげられるのですから、「似たもの同士ですね」と言って近づいてくる相手には特に注意するよう、ここで忠告しておきたいと思います。実際、近頃では、自分とよく似ているように思える販売員に対して用心しておいた方が賢明です。多くの販売訓練プログラムは、研究生に客の姿勢、雰囲気、話し方を「鏡のように似せて、相手に合わせる」よう教えています。これらの特徴の類似性が好ましい結果をもたらすと、明示されているからです。
P.282
誰かが自分のことを好きだという情報には、お返しとしての好意と自発的な承諾を生み出す、魔法のような効果があるということです。ですから、人がお世辞を言い、親しげに接してくるとき、私たちから何かを引き出そうとしていることも多いのです。
PP.282-283
シェリフにとって、この時点で明らかになったことがありました。それは不和を作るのに手間はかからないということです。参加者をグループに分け、しばらくはグループごとに活動させます。それから、双方を一緒にさせ、競争心が持続するように煽り立てるのです。これだけで、二つのグループの敵対心は煮えたぎるほどにまで高まります。
P.291
最も重要な手続きは、実験者が両グループに共通の目標を与えたことでした。これらの目標を達成するために必要とされた協力こそが、最終的に敵対グループのメンバーもお互いわかりあえる仲間、頼りになる支援者、友人、そして親友なのだと理解させることになったのです。お互いの協力によって成功が得られたとき、勝利を分かち合うチームメートに敵を抱き続けるのは、きわめて困難になっていたのです。
PP.293-294
人間には、不快な情報をもたらす人を嫌う傾向があります。たとえ、その人が悪い知らせの原因ではないとしてもです。その知らせと結びついているというだけで、私たちの嫌悪感を刺激するのです。
PP.302-304
悪い出来事やよい出来事と、ただ関連があるだけで、私たちは人びとによくも悪くも思われてしまうのです。
P.304
権威者に服従すれば報われる場合が多いと知った途端、私たちはたちまち、自動的な服従のり弁性に頼るようになります。そうした盲目的な服従の恩恵でもあり呪いでもあるのが、その機械的な性質です。考える必要がないので、考えなくなります。盲目的な服従は多くの場合、私たちに適切な行動をとらせてくれますが、私たちは考えているのではなく、単に反応しているだけなので、明らかに不適切な行動をとってしまう場合も出てきます。
P.344
権威の有無が大きさの知覚に及ぼす影響を調べた研究では、高名な肩書きをもっていると、身長が実際よりも高く知覚されることがわかりました。
P.351
権威に対する私たちの防衛法の一つは、こっそりと侵入してくる権威の要素を排除することです。私たちは普通、自分たちの行動に及ぼす権威(およびそのシンボル)の強力な効果を誤って認識していますから、服従している状況で働く権威の力に対して、あまり気を配っていません。したがって、この問題に対する基本的な防衛法は、権威がもつ力を十分に意識することです。それにきづくとともに、権威のシンボルは簡単に捏造できると理解していれば、誰かが権威を使って私たちに影響を与えようとしている状況に対しても、うまくガードを固めて対処できるでしょう。
PP.362-363
権威者の信頼性について自問するときに留意すべきは、承諾誘導の使い手が、自らの誠実さを私たちに納得させようとしてよく用いる、ちょっとした戦術の存在です。つまり、彼らは自分たちの利益に少し反したことを言うのです。このやり方は、うまく使うと、彼らの正直さを「証明」するささやかな、しかし効果的な手段になります。おそらく彼らは、自分たちの地位や製品に関する小さな欠点について話すでしょう。しかし、明らかにその欠点というのは、もっと重要な利点によって簡単に相殺されてしまうような副次的なものです――「エイビス(アメリカのレンタカー会社)。私たちはナンバー・ツーです。でも奮闘努力しています」「ロレアル。高級です。しかし、あなたにはその価値がある」この戦術を使う承諾誘導の専門家は、些細な欠点を認めて自らの誠実さを印象づけ、それによってもっと肝心な論点を強調するときに、相手からより強い信頼を勝ち取れるようにしています。
P.366
つまるところ、誠実であるとわかった専門家ほど信頼できる人はいないというわけです。
P.369-370
普通は廃棄される理由となる欠点が、希少性と結びついたときには、価値を生む美点となるのです。
P.379
人は、あるものが失われてしまうと考えるときの方が、同じくらいの価値のものが手に入ることを考えるときよりも、強く刺激されるようです。
P.379
どうして損失という考えは、人間の行動にそれほど強い影響を及ぼすのでしょうか。これは問うに値する疑問です。ある優れた理論は進化の観点から獲得より損失に重きが置かれる理由を説明しています。もし生きていくだけで精一杯な状態にいるなら、資源が増えるのは確かに有益なことでしょう。しかしその同じ資源が減ることは、困ったことどころか、命取りになりかない大問題です。それゆえ、損失の可能性に対して特に敏感であることは、自然の摂理に適ったことなのです。
(「命取りになりかない」は原文のまま引用)P.380
どうして二歳になると心理的リアクタンスが現れるのでしょうか。おそらくその答えは、この時期にたいていの子どもが経験する決定的な変化に関係しています。二歳になる頃、子どもは初めて自分自身を個人として認識するようになります。社会環境の単なる延長としてではなく、識別できる一個の分離された存在として、自分を見るようになるのです。こうした自律性の概念が発達するにつれて、当然、自由の概念も発達してきます。独立した存在というのは、選択の自由をもっているものです。自分をそのような存在であると初めて認識した子どもは、選択の幅を十分に広げようとするでしょう。おそらく私たちは、二歳の子どもが私たちの意に反してことごとく反抗しても、それに驚いたり思い悩んだりするべきではありません。彼らは、自分が独立した存在であるという爽快な自己認識を初めて獲得するに至ったのです。今や彼らはその小さな心のなかで、選択、権利、支配に関するいくつもの重要な疑問を問い、その答えを見つけなくてはなりません。あらゆる自由を求め、そしてあらゆる制限に抵抗して戦う傾向は、情報を希求するゆえのことと考えれば理解しやすいかもしれません。自らの自由(と同時に、親たちの忍耐)の限界を厳密に調べることによって、子どもは、自分の世界のどの部分が支配を受け、どの部分が自分で支配できるのかを発見しているのです。後で見るように、このような状況では首尾一貫した情報を与えるのが賢明な親と言えます。
P.390
どうしても何かをやらなきゃいけない場合には、三つの選択肢がある。一、自分でやる。二、大金を払って人にやってもらう。三、ティーンエイジャーにそれをやっちゃいけないと言う
P.391
皮肉なことですが、このような人たち――たとえば、非主流派の政治団体のメンバー―にとって、最も効果的な戦略は、人気のない自分たちの見解を宣伝するのではなく、自分たちの考えが公的に検閲を受けるように仕向け、それから検閲を受けた話を公表するというやり方なのかもしれません。
P.397
革命が最も起こりやすくなるのは、改善しつつあった経済的・社会的状況が急激に悪化の方向に転じたときなのだそうです。したがって、とりわけ革命を起こしやすいのは、ずっと虐げられてきた人びと――自分の貧困を自然の秩序の一部と考えるようになっている人びと――ではありません。革命の担い手となりやすいのは、よりよい生活の味をいささかなりとも経験した人びとなのです。彼らが経験し、当然のものと当てにするようになった経済的・社会的改善が突然手に入りにくくなったときに、彼らは以前にも増してそれを欲するようになり、ときには武力蜂起してそれを確保しようとします。
P.405
希少性の圧力は、自分がそれをどれくらい欲しがっているかのよい目安を与えてくれるでしょう――希少性が強ければ強いほど、その品により高い価値を感じるはずです。しかし、所有する目的だけのために、ある物が欲しくなることはほとんどありません。たいていは、利用価値があるから欲しくなるのです。食べたり、飲んだり、触れたり、聞いたり、運転したり、あるいは使ったりするために欲しがるのです。そしてそのような場合には、希少性の高いものは、それが手に入りにくいからといって、その分美味しかったり、感じがよかったり、音がよかったり、乗り心地がよかったり、動きがよかったりするわけではない、ということを決して忘れてはいけません。
P.419
現代はよく情報化時代と呼ばれますが、知識化時代と呼ばれることは決してありませんでした。情報は、直接、知識に形を変えるわけではありません。
P.438
影響力の武器に引用された名言
文明が進歩するということは、自分の頭で考えなくても様々なことが出来てしまうということである。
――アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドP.2
「物事は可能な限り単純化されるべきであるが、単純にしすぎてはいけない」
――アルベルト・アインシュタインP.30
「人生で得た最大の教訓は、馬鹿者もたまには正しい時があると知ったことだ」
――ウィンストン・チャーチルP.30
負債はかならず返済しなさい。神様が勘定書を書いたのだと思えばいい。
――ラルフ・ワルド・エマーソンP.34
あなたは賄賂を受け取ってはならない。賄賂は、目のあいている者の目を見えなくし、正しい人の言い分をゆがめるからである
――出エジプト記二十三章八節P.56
多くを与えられている者には多くが要求される
――ジョン・F・ケネディP.94
最後に断るよりも最初から断る方が簡単だ。
――レオナルド・ダ・ヴィンチP.96
考えるという本当の労働を避けるためなら、人はどんな手段にも訴える
――ジョシュア・レノルズP.102
自分の意志に反して賛同した者は、元の意見をもち続ける
――サミュエル・バトラーP.156
みんなが同じように考えているときは、誰も深く考えていないときである。
――ウォルター・リップマンP.186
法廷弁護士の最も大切な仕事は、依頼人が陪審員から好かれるようにすることである。
――クラレンス・ダロウP.268
自分が気に入ったセールスマンと、納得できる価格。この二つが一緒になれば、誰でも車を買いますよ。
――ジョー・ジラードP.275
ほかのすべての条件が等しければ、人は自分と同じ性別、同じ文化、同じ地方の人を応援する(中略)その人が証明したいと思っているのは、自分がほかの人より優れているということなのである。応援する相手が誰であれ、その相手は自分の代理になる。そして、その人の勝利は自分の勝利も同然なのである
――アイザック・アシモフP.315
人びとが私にあまり愛想よくしないようにと願っております。そうすれば、彼らをすごく好きになってしまって悩むこともないからです
――ジェーン・オースティンP.326
私は嫌いな人とまだ会ったことがない
――ウィル・ロジャースP.326
専門家に従いなさい。
――ウェルギリウスP.330
何かを愛するには、それを失う可能性を実感すればよい。
――G・K・チェスタトンP.376
銀をもういらないと思うほど大量に所有することは、誰にもできない。大量の銀を手にした者はそれを使うのと同じだけの喜びを、余った銀を蓄えることからも感じるからだ
――クセノポンP.427
容易に手に入るものは誰も欲しがらないが、禁じられたものには皆が心をそそられる
――オウィディウスPP.427-428
私は毎日、すべてにおいて良くなっていく。
――エミール・クーエP.430
影響力の武器を読みながら浮かんだ作品
レビューまとめ
ども。読書エフスキー3世の中の人、最近体を柔らかくすることにハマっている野口明人です。
さて今回は引用多めで記事を書いてしまったわけですが、実はまだまだ紹介したい事が沢山あります。この本、本当に面白いのでね、少しでもあなたに知ってもらいたいのですよ。
んで、まぁ、レビューまとめと言いつつ、タイトルに書いた事を全然触れていないので、読書エフスキー3世が言っていたように中の人の僕が、第二版と第三版の違いについて語っていきたいと思います。
まず第二版と第三版の大きな違いは、翻訳をプロの方が行うようになったという事です。
書籍情報としては「社会行動研究会」という表記で変わらないのですが、第三版からは曽根寛樹(そねひろき)さんというプロの方が主に翻訳を行っています。
と、ここに書いてもプロとアマチュアの違いって何なん!?っていうあなたのために、導入部分の比較をご用意しました。
第二版の導入はこんな感じです。
この際、正直に打ち明けてしまうことにします。私はこれまで、実にだまされやすい人間でした。ずっと昔まで記憶をたどってみても、私は、販売員、基金集めの人、その他さまざまな説得上手な人の売り込み口上のいいカモでした。彼らのなかで下劣な動機をもっていたのは、ほんの一握りの人びとだったのは確かです。その他の多くの人びとは――たとえば、慈善団体の代表者――は、誠心誠意こうしたことを行っていたのでしょう。でも、そんなことはどうでもいいことです。気がつけば、読みたくもない雑誌を購読することになっていたり、清掃局員の舞踏会のチケットを買わされていたこともしょっちゅうで、自分でも心配になるくらいでした。おそらく、長いあいだ自分がカモの地位に甘んじていたということが、承諾の研究に興味をもつようになった理由だと思います。他の人に対してイエスと答えさせるのは、どのような要因なのだろうか、それらの要因を効率的に使って承諾を引き出すことができるのはどのようなテクニックなのだろうか、何か頼み事をするのに、ちょっとしたやり方の違いで成功したり失敗したりするのはなぜだろうか、このようなことを考えるようになったのです。
P.v
引用:『影響力の武器[第二版]』ロバート・B・チャールディーニ著, 社会行動研究会(誠信書房)
まぁ、別に何の問題もない文章ですよね。僕はこの二版から入ったので、第三版からプロになったよと言われて初めて、え!?今までアマチュアの人が翻訳していたの!?と知ったぐらいです。
では、次に第三版の同じ部分をみていきましょう。
この際、正直に打ち明けてしまうことにします。私はこれまで、じつにだまされやすい人間でした。物心がついた頃からずっと、販売員や募金活動員、その他さまざまな説得上手な人に丸め込まれてきました。ええ、確かに、そうした人たちのなかで卑劣な意図をもっていたのは、ほんの一握りに過ぎず、それ以外の人たち――たとえば、慈善団体の代表者など――に、邪な動機などありませんでした。でも問題はそこではありません。そうした人たちと話した後、いつも私は読みたくもない雑誌を購読することになっていたり、行きたくもないダンスパーティのチケットを買わされていたりしたのです。自分でも心配になるくらい頻繁にそういうことがありました。承諾の研究に興味をもつようになったのは、おそらく、長いあいだ自分がカモの地位に甘んじていたためでしょう。どんな要因によって、人は要求を受け入れるのか。それらの要因を最も効果的に使って、相手から承諾を引き出すテクニックには、どんなものがあるのだろうか。何も頼み事をするのに、ちょっとしたやり方の違いで成功したりするのはなぜだろうか。そんな疑問をもつようになったのです。
P.v
引用:『影響力の武器[第三版]』ロバート・B・チャールディーニ著, 社会行動研究会(誠信書房)
ちょっとした違いですが、文章がほんのりくだけてスムーズに読めるようになった気がしませんか?おそらく指示語とかのバランスと音滑りの良い単語を選んでいる事がポイントだと思います。
また簡単な漢字でも、ところどころあえて使わない事によって、目で追いやすい文章になっています。
なので、僕は第三版を通読した時に、あれ?この本ってこんなに読みやすかったっけ?と思ったぐらいです。
でもまぁ、第三版を読んでいてちょくちょく気になるのは誤字脱字が多い事。これ書き上げた後にだれかチェック入れなかったのかよっていうぐらい文字ミスが多いです。
「タッパーウェアとタッパウェア」「買い物と買物」などの文字の統一がされていなかったり、「命取りになりかない」などの脱字が気になりました。…僕が細かすぎる性格なだけなんだと思いますが(自分のブログで誤字脱字が多いくせに何言ってんだ…)。
あとは第三版と第二版では各章の始まりに添付されている写真が違います。
その写真を見て、それはこの章で扱った問題とどんな関係があるのか?みたいな質問がされるんですが、おそらく前に読んだ人にも楽しんでもらえるように配慮したのかな。使用権が切れただけかもしれませんが。
それと第三版には読者からのレポートというのが数多く追加されました。これが身近な例になっていて、非常にわかりやすい。
逆に第二版にはあったけど、第三版で削除された点もあります。
この本には沢山の実験結果などが紹介されているんですが、たとえば第二版のP350には子供に硬貨の大きさを判断させたところ、最も額面の高い硬貨の大きさを過大視する傾向が認められたという記述があるのだけれど、おそらくこの例は蛇足だと判断したのか、第三版ではごっそりなくなっています。
と、まぁ違いを書いていきましたが、正直なところを言えば第二版を持っているなら、あえて第三版は買わなくていいと思います。話の大筋がガラッと変わったわけでもないですし、第二版からの加筆はあくまでも例が多くなって理解しやすくなったぐらいで、新しい章が増えたわけでも、時代の変遷によって内容が加えられたという部分もありません。
「新訳で一層読みやすく、事例とユーモアあふれるマンガも大幅増量」
と出版社である誠信書房には書かれているんですが、ぶっちゃけ「ユーモアあふれるマンガ」というのは申し訳程度のものです。日本語の妙で、大幅増量は「事例」だけにかかる修飾語なんだと思いました。
というわけで、今までまったく読んだ事も存在も知らなかったという人は素直に第三版を購入すればいいし、ちょっと高い本なので少しでも安く済ませたいという人は古本屋で第二版を探すのもいいでしょう。
第二版、第三版に得られる知識にそれほど差はありません。第二版をすでに持っている人はそれを読みましょう。
どちらも良書です。多大に知識を得られるはずです。
この本をビジネスに活かすのも良いでしょうし、子育てに活かすのも良いでしょう。主題となっていたように、騙されないように読むというのも抜群の効果を出すと思います。
「影響力?そんなの大体わかっているよ」という方も中にはいるかもしれません。
だがしかし。提示された多くの実験結果からわかることは、実験が示したデータと、どうなるかを予想した答えでは、ほとんどの予想が小さく見積もられているという事を忘れてはなりません。
誰もが影響など受けていないと言い張るのです。口だけなのは賄賂を受け取る政治家だけではありません。僕らも自分では認識しないうちに、多くの外部的影響を受けて、意思決定がなされているのです。
そして、なんであんな事しちゃったんだろうと、自分で自分を振り返ってみてもよくわからない事に思い悩むのです。
そうならないためには。無意識を意識する。それが重要です。
たとえば今では、大手企業までもが瞑想に目を向け始めました。普段何気なく吸っている息に意識を向ける事が、物事を効率よくこなすのに非常に効果的だという事がわかってきたからです。
空気圧を感じて生きている人がほとんどいないように、常識や道徳心という圧力によって動かされている事に気がついていない人がほとんどです。なぜならそれは見えないし、慣れてしまっているからです。
では無意識を意識するには、どうすればいいか。『影響力の武器』を読みましょう。ロバート・B・チャルディーニが少しばかり詐欺師達に攻撃的な感情で熱く教えてくれますよ。
もう騙され続けるのは、今日でおしまい。
ではでは、そんな感じで、『影響力の武器』でした。
ここまでページを閉じずに読んで頂いて本当にありがとうございます!
今回の記事が面白かった!と思ったあなたは何でも良いのでコメントください。一貫性の原理が働きますので。ま、別に何も売りつけたりしないのでご安心を。
良かったら僕の別の記事、別のサイトも探してみてもらえると嬉しいです。
最後にこの本の点数は…
スポンサードリンク
影響力の武器 - 感想・書評
影響力の武器
- 読みやすさ - 88%88%
- 為になる - 98%98%
- 何度も読みたい - 97%97%
- 面白さ - 92%92%
- 心揺さぶる - 83%83%
読書感想文
今回は6つの原理に絞って紹介しましたが、その他数々の影響力を持つ方法が紹介されています。この本で特に優れているのは、実験の引用と身近な例の豊富さで、非常に実用的である点です。詳しすぎるほど説明してくれているので、人によっては冗長過ぎてクドさを感じるかもしれませんが、ここまで入念に説明してくれていれば、そのような状況に陥った時に必ず心のどこかで思い出すことが出来るでしょう。昔からずっと人におすすめの本は?と言われた時に名前を挙げていた一冊です。